カメラファインダーで切り撮った風景、あるいは動画のひとコマ、フレームとは何か?
人間は「視覚」という感覚を得て周囲360度、自分の意思で空間を切り取り、網膜に結像させ脳で映像化することで生理現象の根幹を支える情報としています。
そして歴史においては、認識した空間を二次元の平面に閉じ込め描くことで、記憶を残したり他の誰かに伝えたりするために「絵」や「映像」が生まれました。「絵」を描かれる場所は岩壁から四角いキャンバスや紙へと変わり、視野として曖昧に切り抜いていた空間を明確な形状で切り取る「フレーム」が生まれ、より表現的でメッセージ性を持つものになりました。その性質から宗教的な意味合いをも持っています。それほど「視覚」には強烈な情報性を持っているのです。
フレームで切り取られた「絵」は、連続した集合体すなわち「動画」に進化し、現代の日常生活に溢れています。
視野の形状
人間の視野は眼球を固定すれば水平方向200度、垂直方向100度と言われていますが、実際によく見える「有効視野」は個人差や年齢差があるものの大まかに水平方向で4度から20度程度です。形を認識したり文字を読めたりする視野はさらに「中心視野」になりさらに狭くなります。色彩も周辺よりも中心部分の方がよく見えます。
眼を固定しているつもりでも、無意識に細かく眼球を動かす「固視微動」(マイクロサッカード)という現象が起きています。この眼球の細かい振動がなければ、脳で結像することが難しいとされています。
眼球の網膜に結像される映像は、眼球は文字通り球形なので、丸い映像です。中心視野が一番解像度が高いので見たいものは、網膜の中心の黄斑部に無意識に結像させます。
有効視野はそれほど広くはありませんが、眼や首を動かすことで広い範囲の視野を確保しています。眼が左右にあるため、視野の形は何となく横長の楕円になります。周辺視野があるため、明確な境界線はありません。境界を示すフレームがないため、視野においてはフレームによる心理的効果は発生しません。
フレームの誕生
壁に絵を描くことによって、人間の視野にはなかった明確な境界線が生まれました。
石器時代の洞窟壁画
数万年前、古代人類は洞窟などの限られた岩壁や天井に絵を描きました。人類最古の絵です。どの壁画が人類最古の絵かは諸説あるようですが、描かれた場所は壁です。凹凸、切れ目、岩壁のキャンバスには、自然にできた境界がありました。四角形ではありませんが天然の「フレーム」です。その境界をうまく利用して、動物や天体を描き崇拝の対象としたのです。ただ、暗い洞窟の中だったので、フレームによる心理効果は低かったと考えられます。
古代壁画は暗い洞窟内で描くため松明などの火のあかりが必要でした。もちろん絵を見るのにも火が必要です。そのため古代の人々は洞窟内で低酸素状態にあったと考えられます。息切れ、頭痛、吐き気、低酸素症による幻覚も見たでしょう。そのような生理状態で、しかも松明が照らす壁画に何を感じたのでしょうか。現代人が映像から受ける影響をはるかに超えたインパクトだったに違いありません。
古代エジプト〜ギリシャ・ローマ
人類が建築物を作るようになると、その壁が絵が描かれる場所になります。古代エジプトでは、神殿や墓所の壁や柱に描かれました。絵は四角い枠の中に描かれるようになります。描く題材はファラオだけでなく、農耕や食事、生活・風俗も広く描かれるようになります。ただ、全てが四角形ではなく、建築物の構造上必要な形状・立体造形も含まれています。四角いフレームに描かれるようになって、顔は必ず横向きに描かれ、水平方向にストーリー展開が生まれます。これが古代エジプト壁画の特徴でもあります。横向きに対象物を描く傾向は、石器時代の壁画にも多く見られる特徴でもあります。
ギリシャ・ローマ時代になると、モザイク画やフレスコ技法による壁画が生まれ、中世以降の教会壁画や天井画にも使われています。
カトリック教会における宗教画のフレーム
15世紀半ばにドイツ人のグーテンベルクが活版印刷を発明する前、聖書は一冊一冊手書き写本だったため非常に貴重なもので、一部の限られた階層の人々しか手にすることができませんでした。そこで、聖職者は教会の壁画や彫刻で聖書の主要な場面を伝えようとしたのです。
ヴェネツィアのサン・マルコ寺院はビザンティン建築を代表する建造物ですが、その入り口の上部には見事なモザイク画があります。絵の境界線としては建造物に由来するためかドーム型です。


バチカン市国のシスティーナ礼拝堂の祭壇にミケランジェロが描いた「最後の審判」はフレスコ画です。

「最後の審判」が描かれた壁は、ほぼ正方形で上部に二つの半円が加わった形状をしています。上下4層構造に分かれ横長の長方形で構成されたような形になっています。イエス・キリストを中心として、右側と左側で意味が明確に分かれて描かれています。壁というフレームを利用し、「右と左」という心理的効果をミケランジェロも取り入れています。
「最後の審判」が飾られている礼拝堂は、その空間そのものが作品となっています。システィーナ礼拝堂内は撮影禁止なので、徳島県鳴門市の大塚国際美術館で見てみると。

天井画を含めた360度空間は、まるで古代の人々が瞑想した洞窟のような感じもします。
イタリア・ミラノにあるミラノ大聖堂(ドゥオーモ)は、バチカン市国のサン・ピエトロ大聖堂に次ぐ大きさがあるそうです。ステンドグラスが有名なのですが内部には絵画も多数飾られています。


中央の祭壇へ続く左右の支柱の間の空間に、布に描かれた絵画や額に飾られた絵画が並んでいます。建物の構造に合わせたフレームではなく、横長の長方形の絵画ばかりです。構造物由来のフレームはステンドグラスのフレームになっています。
ローマ教皇が収集した絵画
歴代のローマ教皇が収集した美術品を所蔵するのが世界最大級のバチカン美術館です。この美術館は撮影が自由なので、飾られている絵画のフレームをご紹介します。




バチカン美術館は、壁や天井全てが四角形や三角形、丸、半円などの形状のフレームで埋め尽くされています。なぜ埋め尽くすのか、見る人は時間軸上を回遊しながら絵画の物語の中を旅するのでしょうか。回遊することで絵画と見る人の位置は刻々と変化します。また絵画と絵画が隣接することでフレームの切り取り効果は弱く、構図そのものの心理的影響はさほど強くないと思います。
1枚の作品の正面に立てば、フレームによる効果が実感できます。
権威とフレーム
キリスト教における右
教会を中心とする社会構造が定着するにつれ、「絵」は宗教において重要な役割を担います。聖書に書かれた世界を視覚化し、文字が読めなくてもその世界観を人々に伝える役割は、画期的な効果を生み出し、宗教画は発展を続けます。
レオナルド・ダ・ヴィンチの実質的デビュー作「受胎告知」(イタリア・フィレンツェ・ウフィツィ美術館所蔵)、明確なフレームで切り取られた風景の中に、左に大天使ガブリエル、右に聖母マリアが配置されています。神から使わされた大天使がマリアのもとを訪れイエスを授かったことを告知する場面です。この場面は西洋美術史において非常に人気が高く多くの画家が描いています。その多くがマリアを右、ガビリエルを左に描いています。逆に配置する作品も稀にあります。
日本図学会の2013年に発表された「受胎告知の空間表現について」によれば、受胎告知をテーマに描かれた絵画213点を調査対象した研究では、ガブリエルが左でマリアが右に配置された構図は、73.6%。その逆は、22.6%だということです。
聖書の中には「神の右」という言葉が何度か出てきます。右利きが多く、右手は力をこめることができるため、そこから力強さを表し神が支えてくれる「あの強い右手で」となり、右の手で行う行為そのものが正しいを意味する「right」つまり右になったようです。つまり、力強くかつ器用な手の方、「右」にキリスト教はある意味を与えました。「right hand」は「導く手」です。四角いフレームの中で位置を表す「右」です。
対して「左」には特に意味づけされていませんが、「右」とは反対の位置にあるために意味も反対に近い印象が与えられます。「leave」の過去形が「left」です。
ナポレオンは右に立ち、左を向く
「右側が権力」という意味でよく表されている有名な絵画が「ナポレオン一世の戴冠式と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠」、「ナポレオンの戴冠式」とも呼ばれています。ナポレオンが皇帝になったことを歴史的に重要な場面であると広く知らせるために描かせたものものです。
舞台はパリのノートルダム大聖堂内、水平方向に登場人物が配置され、構図や明暗の描き方から視線は中央部分、右側に立つナポレオンに誘導されます。
この表題であれば本来はナポレオンが当時のローマ教皇から戴冠を受けるシーンを想像しますが、実際はナポレオンが自分の戴冠後に妻であるジョゼフィーヌに戴冠する場面が描かれています。動きの一瞬を描いています。フレームの右側に立ち、左側を向き、権威の象徴である冠を掲げる。つまり、戴冠した結果よりも、戴冠させる行為そのものがこの絵画の主題になります。横9.8メートル×縦6.2メートル、所蔵しているルーブル美術館で2番目に大きく人物は等身大で描かれていますので、見た人はあたかもその儀式に立ち会ったかのように記憶するのではないでしょうか。

左を向く肖像画
中世の肖像画は縦長のフレームが多いのですが、肖像画は権力者としての印象を重要視していました。ナポレオンが白馬にまたがる有名な「サン=ベルナール峠を越えるボナパルト」は、配置こそ中央やや右側ですが左向きです。この構図の絵画は5枚あるそうです。
フランスのルイ14世のこの肖像画も誰もが見たことがあるほど有名な肖像画ですが、こちらの構図も同様に縦のフレーム、左側を向いた斜め立ちです。

肖像画が全て左向きという訳ではありません。ただ、代表的な肖像画を選択するとき「この人物はこういう人物だから」と無意識に左向きを選ぶこともあるのではないでしょうか。
フレームが作り出す構図
ヴィーナスの誕生 左右があるから引き立つ中心
ボッティチェリ作の「ヴィーナスの誕生」はルネサンスの最盛期を表す代表作です。イタリア・フィレンチェのウフィツィ美術館所蔵で大きさは横278.5センチ、縦172.5センチと大ぶりの絵画です。中央の位置する美の女神ヴィーナスは、アドビのイラストレーター(ver.3−10)の起動画面のモチーフとしても有名です。構図はヴィーナスを中央に、左側に西風の神ゼフィロスとニンフ、右側に季節と時間の女神ホーラが理想郷スペリデスの果樹園でヴィーナスを迎える様子が描かれています。横長のフレームに左から風が吹いて右に辿り着く時間軸が描かれています。左がスタートで右がゴールというストーリーが構図で描かれています。
横に長いフレームは、対象物の関係性や時間軸を表現することができます。ボッティチェリのもう一つの代表作「春」も同様に横長のフレームに左側・中心・右側で構成されています。
最後の晩餐 キリストと12人の使徒の配置
レオナルド・ダヴィンチの「最後の晩餐」は、イタリア・ミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂に使われていた部屋の壁画です。大きさは横9.1メートル、縦4.2メートルのかなりの横長の壁(フレーム)に描かれています。

フレーム中央にキリストを、左右に12人の使徒を配置した構図です。絵画を構成する要素を横一列に並べ、見る人の印象心理を左右の位置関係で表現しています。(目線の上下位置や顔の向きも印象に影響しています)上下に描かれた天井や床は、ダビンチ得意の透視図法(遠近法)を利用するために描かれていて、消失点を中央のキリストにすることで視線を誘導するための使われています。
視野の固定化と動画
絵画において、枠に囲まれたキャンバスや壁に描くことは、見る人間の視野を固定し、上下左右を枠の中に構成することです。主題の種類や構図によって枠の大きさや形が変わります。縦長になったり正方形になったり横長になったり円形になったり、形は様々です。絵画自由なところです。
ところが動画はどうでしょうか。現在のハイビジョン放送の枠は、比率16対9の横長です。画面の大きさこそ色々ありますが、最小単位のピクセル数は1920×1080と決められています。一輪の花でも群衆でも同じ大きさ形のフレームに配置しなければなりません。さらに動画ですから、動きます。左にあったものが右に移動したり、上にあったものが下に移動したりするのです。つまり構図が変わるのです。しかも、カットが変われば構図そのものが変わります。でも、欠点ではありません。これが静止画に時間軸を加えた動画なのです。

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